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スネ夫が死んだ?初代スネ夫声優の肝付兼太さん死去!経歴は?

   

声優の肝付兼太さんが肺炎のため10月20日に死去されたそうです。

享年80歳。所属事務所が発表しました。葬儀は家族葬で執り行われたということです。

スネ夫の声は未だに忘れられませんよね・・。そういう人は多いと思います。

初代ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、のび太懐かしいですよね。

肝付さんの経歴や、他の役なども振り返ってみましょう。

 

肝付兼太さんとは?

肝付兼太(きねつきかねた)さんは芸名だろうと思っていましたが、本名は肝付兼正(きねつきかねまさ)さんということで、そんなに変わってないですね。

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出典://http://images.ciatr.jp/

肝付って名字珍しいと思うんですけどね・・。肝付っていうのは日本の氏族の一つにあたり、大隅の戦国大名ということです。
知らなかった・・。ということでその末裔にあたるそうです。

1935年11月15日生まれで、鹿児島県鹿児島市出身、3歳の時に鹿児島を離れ東京で育ったと言うことです。

中学生時代、ラジオドラマを聞いていて、NHKの「話の泉」という番組の公開録画を見に行った時に「この場所で仕事ができら・・・。」と思ったのがきっかけで映画俳優を志したそうです。

しかし祖母から”映画俳優をやれる容姿ではない”と諭され、顔出しよりもラジオドラマで声のみ出演する声優の仕事を目指すようになったそうです、

おばあちゃんなかなか厳しいですよね。嘘でも映画俳優目指して頑張れって言ってあげれば良かったのに・・・。

その後、父親が他界したことにより大学進学を断念し、高島屋に勤務しながら劇団七曜会に入団

役者として食べていくという意思を確固たる物にするために、高島屋を退社したというはなしですね。

しかし最初の頃は食べていけず、バイトとして添乗員や靴磨き、歯科医などもしていたということです。苦労していたんですね・・。

映画デビューは1956年公開の「こぶしの花の咲く頃」に床屋の青年役で出演。

1966年のポルノ作品である「汚辱の女」の日本だけ顔出しの役者としての出演があるそうです。今となっては幻の作品といえるのではないでしょうか?

ラジオドラマデビューは主婦向けの昼の番組「婦人の時間」で台詞は二言だけだったそうですが、当時は全てが生放送ということで緊張があり、生涯忘れられない経験になったそうです。

その後はアニメ声優として活躍するわけですが、1965年の30歳直前にマネージャーが富士区作品のキャスティングを担当することも有り、「オバケのQ太郎」のゴジラ役でアニメのレギュラーを獲得。

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出典://http://blogimg.goo.ne.jp/

当初は”スタジオだと面白いのに、中だとつまらない”とマネージャーから言われたいたということで、発奮したんでしょうね。

あるとき思いきってアドリブを入れまくったところ、見学に来ていた藤子不二雄さんが手を叩いて喜び気に入られたということです。

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出典://http://www.hdrank.com/

それ以降は藤子不二雄作品には原作者指名で役を貰っていたということ。

藤子不二雄の力ってやっぱりスゲーって思いましたね。「ジャングル黒べえ」で初主役。

そして「ドラえもん」の骨皮スネ夫役を1979年の放送開始委以来26年間務めていたということです。

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出典://http://fanblogs.jp/

2005年までスネ夫やってたんですよね・・。

また声優の他にも自身が演劇をやりたいということで、劇団21世紀FOXを結成。

演出、構成を手がけるだけでなく、育成指導もしていたということです。

プライベートについても色々調べたんですけど、全然情報がありませんね・・。

結婚してるのか?子供がいるのか?そういった情報も全然わかりませんでした。

声優ってそういう物なのかもしれませんけどね・・・。

今回の死去に関しても死因は肺炎ということです。病気療養中だったということですが、いつから病気を患っていたのかもわかりませんでした。

そういえば家族葬ということでしたけど、ということは奥さんや子供もいたんだろうか?

謎ですね・・・。

家族などについては謎が多かったですが、趣味はスポーツ全般ということで、とても足が速かったそうです。

50歳の時に「ビートたけしのスポーツ大将」に出場し、100メートル走で優勝しているって事ですよ、しかもタイムが11秒2って凄くないですか?

カールくんと対決して勝ったこともあるそうです。声優ですけど、そういう人前に出るのは好きだったのかもしれませんね。

 

スネ夫役以外の経歴は?

さて、肝付さんといえば”スネ夫”って言うイメージですよね?

”ジャイアン~”や”のび太のくせに生意気だ”なんて言う台詞が浮かんできます。

”のび太のくせに生意気だ”という台詞は肝付さんのアドリブから生まれたそうですからね。凄いです。

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出典://http://pds.exblog.jp/

しかし、スネ夫役だけで、声優として活動していたわけではありません。他にも様々な役の声優をこなしています。

有名なところでは「怪物くんの」ドラキュラ、「元祖天才バカボン」の本官さん、「ドカベン」の殿間一人、「バーバーパパ」は主演のバーバーパパを演じています。「銀河鉄道999」の車掌、「忍者ハットリくん」のケヌマキ・ケヌゾウって懐かしいです。

「パーマン」のパーマン4号(パーやん)、「それいけアンパンマン」のホラーマンなど、様々ですね。

個人的にはやっぱりスネ夫ですけど、怪物くんのドラキュラとかも覚えてますね。

「それいけアンパンマン」のホラーマンも言われてみてばそうですよね。いままで気づきませんでした。

声優って難しい仕事だと思うんですよね。声だけで表現するわけですからね。

声優は作り上げていく楽しさがあったと肝付さんも話していたそうです。

スネ夫なども長い年月をかけてあそこまでのキャラにしたんでしょうね・・・

他にも「トムとジェリー」のトム、NHK人形劇の「にこにこぶん」のじゃじゃまるなど、本当に後生に残りますよね。

作品として生涯残るって言う意味では声優さんは素晴らしい仕事だと思います。

色々な声が挙がっています。

 

まとめ

肝付兼太さんについて調べました。

これまでの声優の仕事は残ります。そして私たちの心の中にも声は残り続けますよね。

声優って凄い仕事だと思います。いままで長い間お疲れ様でした。肝付さんが亡くなっても、スネ夫は亡くなりません。

永遠に残っていくと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。

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