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岩瀬仁紀が歴代最多950登板!嫁や成績や年俸や?スライダーが凄い!

   

中日ドラゴンズの岩瀬仁紀投手。

プロ野球史上最多の950登板を達成ということですね。

鉄腕ぶりがわかりますよね。お嫁さんや成績や年俸なんてしりたいですよね。

スライダーが凄いってことですけど・・、他にも色々と調べて見ましょう。

岩瀬仁紀さんとは?

岩瀬仁紀(いわせひとき)さんは1974年11月10日生まれの現在42歳。

出典:http://www.ad-vank.com

身長181センチ、体重85キロとプロ野球選手としては普通な感じの体型でしょうかね・・。

愛知県出身、西尾東高校3年生時の1992年7月19日、第74回全国高等学校野球選手権愛知大会2回戦で三好高校を相手にノーヒットノーランを記録しています。

卒業後は、愛知大学へ進学。

1年春から外野手でレギュラー出場し、打者として通算101試合出場で打率.323、9本塁打、64打点を記録しています。

ってことで、打者としても結構凄かったンですね・・。

っていうか1995年秋季リーグから外野手と兼任で投手をしていたそうです。

大学3年の時には外野手として大学オールジャパンに選出されていますから、この当時は打者として注目されていたのがわかります。

大学卒業後は社会人野球のNTT東海に入社。このときのトレーナーさんによって投手の力が開花したようですね。

トレーナーは亀卦川(きけがわ)さんという方ですが、「2年間鍛えれば、絶対に投手として開花する」と監督を説得して打者から投手へ切り替わったようですね。

出典:https://cdn.mainichi.jp

2年間は鬼になり、トレーナーとして教えられることは全て教えたっていうほどの入れ込みようだったようです。

その成果があって、今の岩瀬投手があるんでしょうね。

このトレーナーは岩瀬さんが中日に入団したときに、一緒に中日に戻っています。

元々中日でトレーナーをしていた人だったんですよね・・。

岩瀬投手をかげで支えていたトレーナーと言うことです。

1998年のドラフト会議で中日ドラゴンズを逆指名し2位で入団しています。

出典:http://dragons.jp

中日ドラゴンズではピッチャーとして活躍していますよね。

1999年には落合英二さん、サムソン・リーさん、宣同烈さんらと共に活躍しリーグ優勝に貢献しています。

その後も中継ぎ、そして抑えとして活躍していますよね。

中日と言えば岩瀬ってぐらいの選手だと思います。

それにしてもずっと愛知のほうで頑張っているっていうことで、まさに生え抜きの選手ですよね。

現在42歳ですが、ずっと中日ドラゴンズに関わっていて欲しい選手です。

歴代最多950登板達成!

コレはもの凄い記録ですよね。

8月6日に東京ドームで行われた巨人戦に登板し、阪急などで活躍した米田哲也さんを抜いて、歴代単独1位となる通算950試合登板を達成しています。

中継ぎの人じゃないと達成できない記録だとは思いますが、長年ずっと活躍していないと試合に起用されませんからね・・。

それだけ長きにわたり第一線で活躍している証拠だと思います。

鉄腕っていうのがコレでわかりますよね・・・。

っていうかこの記録はまだ継続していきます。

岩瀬投手が現役でいる限りは続いていくでしょう。まだまだ頑張って欲しいですね。

お嫁さんは?

岩瀬投手も42歳ですし、結婚はしていますよね?

全然私生活の事は知らないんですけど・・・。

調べて見ると結婚はしていてお嫁さんがいて子供が2人いるみたいですね。

第一子が男の子で、第二子が2008年頃に誕生した女の子って事です。

お嫁さんの名前や年齢は全然わかりませんし、いつ結婚したのかも定かではないですね・・。

そういうプライベートの情報を全然公開してないんでしょうね。

ま、その方が今の時代安心だと思いますけどね・・。

自分の情報を堂々とSNSに上げるのが信じられない!って思う私としては普通の考えだと思います。

成績や年俸やスライダーが凄い!

長年中日で活躍している岩瀬仁紀投手。

そりゃ成績も凄いですよね。

15年連続50試合以上登板だけでも凄いですけど、2005年シーズン46セーブで日本タイ記録とか現在の通算セーブは404ですかね?

まだ記録を更新している所が凄いですよね・・。

また成績に比例して、年俸も凄いです。

1999年に1300万円、2000年に4200万年、2001年に8000万円、2002年に1億500万円、2003年に1億4000万円、2004年に2億円、という感じでずっと上り調子です。

最高は2012年の4億5000万円ですね。

その後は年俸も減少していますけど・・・。現在は5000万ですね・・。

ま、最近は流石に衰えが感じられるので、仕方が無いところでしょうか?

それでも全盛期の岩瀬投手は本当に凄かったです。

あれだけの守護神がいれば中日としては他の抑えは必要なかったでしょうしね・・。

それを支えていたのが「死神の鎌」と形容された球界屈指のスライダーが武器ですよね。

打者の膝元まで回り込んでいくほどの変化とキレを持っていました。

しかし本人はストレートを重視しているってことですね。自然にムーヴィング・ファストボールになっているということで、それも武器なんでしょうね・・。

あまり、学生時代に投手として投げていなかったからこそ故障が少ないのかもしれませんしね。

今後は、引退と現役続行などの話が多くなると思いますけど、自分が納得したらユニフォームを脱いだら良いと思います。

その後は中日の指導者ですかね?

期待しています。

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